Remembrance -chocolate-

キノールさん勝手に借りた③。

というか既にうちの子だもんね!!!へっ!!!

※ホモ注意。R-18です。ホモ注意。

 

 

早朝のポムムの市場で食糧を一通り揃え終え、先に連絡船の客室に乗り込んで待っているはずの愛する人の姿が見えず、エリスはひどく動揺しながら、とりあえず部屋に荷物を置き、船を出て愛しい人を探すことにした。

自分は約束の時間通りに戻ったはずだ。あの人がまだ戻ってきていないということは、今どこにいるのだろう。

「キノールさん」

囁くように名前を呼びながらあっちやこっちに視線を向けるが、市場は食糧を調達しにきた人々でかなり混雑しており、いくら背の高いエリスでも、探し出すのは難しそうだ。快活な若者や女性達、老人など道行く様々な人々と何度も肩がぶつかるが、誰一人気に留めず、エリスは人の流れに飲まれぬよう立っていることで精一杯だった。

こんな人混みの中で待っていて、入れ違いになっては元も子もない。そう考えたエリスは踵を返し、与えられた客室へと再び戻って行った。

 

***

 

エリスはベッドに腰掛けて呆然と目の前の壁を見つめていたが、物音で愛しいあの人が息を切らしながら帰ってきたのに気付くと、にわかに立ち上がり、両手の塞がった彼を助けようと内側からドアを開いた。

「やあ、待たせたね」

彼は少し汗ばんだ顔に満面の笑みを湛え、呼吸を整えながら、疲れた様子でベッドに座った。重い荷物はエリスが片付け、それが済むと、愛する人の隣に腰掛けた。

「エリス、これ、ほら」

キノールはエリスが隣に座ってからポケットから何かを取り出すと、嬉しそうにそれをエリスに手渡した。

「……?」

「結構並んだんだ。それで遅くなっちゃって」

それは、小さくて可愛らしい、チョコレート菓子の詰め合わせだった。

 

***

 

潮風が袖に泳ぎ、髪を優しく靡かせる。

冷たすぎず、温(ぬる)くもなく、心地好い風だった。

「気持ちいいね」

ああ、そうだね。

「キノールさん、海、苦手だっけ」

そんなことはない。泳げないけどね。

「そっか。僕はチョコレートの方が好きだけど」

僕と、チョコレート、どっちが好き?

「ふふ、キノールさんに決まってるじゃないか」

 

僕は、そういう純粋でまっすぐな君が好きだった。

 

「キノールさんも食べてみてよ」

何だい、これは。

「チョコレートだよ!あそこに出店があるでしょ、すごくおいしいんだ」

ああ、さっき並んでいたのはこれか。

「そうそう、結構人気なんだよ。家でも食べたいから沢山買っちゃった」

そんなに好きなのかい。

「大好き。毎食これでもいい。…もちろん、キノールさんの方がもっとずっと好きだけど、ね」

 

君はそう言って、抱きついてきた。

あの時は、宥めるように適当にあしらってしまったけれど。

もっと、もっと、たくさん抱き締めてあげればよかった。

 

「…ねえ、好きだよ」

はいはい。

「もー。キノールさんったら」

君も物好きだよねぇ。

「だって、好きなんだもん」

 

僕は、君に、ちゃんと伝えられたのかな。

 

***

 

「おいしい?」

「…うん」

僕がうなずくと、愛する人は僕の頭を撫で、よかったと微笑んだ。それから静かに立ち上がって、小さな丸窓から澄み切った青空を見つめていた。

「エリス」

僕の顔を見ないまま、問いかけてくる。

「チョコレートは好きかい?」

愛する人は窓の取手に手を掛け、丸窓はギィィという古い木の軋む音を立てながら、少しずつ開いた。

「うん」

気持ちのいい風が、狭い部屋に吹き込んでくる。

「そうか」

風は愛する人の髪を揺らしてから、僕の手の甲を撫でて行った。

 

***

 

他の乗客達は眠ってしまったようで、昼間の喋り声は一切消え、船を揺らす波の音だけが耳に届く。闇の中、唇に触れる感触だけに神経が集中し、エリスは若干の恥じらいを覚えた。互いに声は出さず、必要のない光を一切遮断する為に、目を閉じた。

はしたない水音は潮の音に紛れる。相手の舌が口腔内の敏感な場所を霞める度、エリスはきゅっと目を瞑り、跳ねる腰はそのままに、声だけを必死に堪えた。

買い物で疲れてしまった愛する彼の為に、エリスは彼をベッドに寝かせたまま覆い被さり、自ら貫かれていた。快感を得ようと激しく腰を振れば彼の負担になってしまうから、ただじっと、肌から直に伝わる温もりに、涙を流していた。

いつしか愛する彼の舌の動きが激しくなり、エリスは応える為に必死で舌を伸ばす。絡めとられ、吸い付かれ、エリスは声を抑えるのに必死だった。

 

自分から求めてはいけない気がした。

いつだって、愛する彼が欲しているのは、絶対に自分ではないのだから。

 

あまりの苦しさにとうとう嗚咽が漏れ、箍が外れたようにむせび泣くエリスに愛する彼は驚き、戸惑い、唇を離した。

 

エリスは愛する人の肩に自身の額を押し当て、泣いた。

どうしようもなかった。

彼はもういない。

この人には自分しかいない。

でも求められているのは自分ではない。

 

「エリス」

その声で、もう呼んで欲しくはなかった。

自分など代わりでしかないのだから。

 

僕は何故生まれた?

 

貴方を満たす為だろう?

 

じゃあ何故僕は貴方を満たせない?

 

 

悔しくて、苦しくて、せめて愛する人の腕の中で、エリスは泣いた。