百花斉放、村崎継承歌 2-4

腐表現多少あり。ご注意くだされ。

 

 

「…あの時、」

侍従は目を見開いた。ここで、主が自ら口を開くとは。

「…忍が、」

詰まり、途切らせつつ、しかし尚も懸命に紡がれる言葉。

「…お前が、」

必死に思考を巡らせ、手前に伝えたい、その一字一句たりとも逃してはならぬ。

口を挟むことなく、一心に傾けようではないか。

「…来てくれなかったら、」

ああ、このお方は今、感謝の念を綴ろうとしている。

「礼などと幾分水臭いではありませぬか、菖蒲様、」

「…きっと今しか、言えないのです」

邸主は黒腕の中、初めてそのお顔を上げた。

 

真っ直ぐな眼光は淀むことなく(しのび)を貫き、邸主は侍従の仮面に手を掛ける…、

 

 

「菖蒲様!」

じんと重い瞼、なんとか持ち上げれば、傾き歪む侍従の顔。

「……ひどい…、こんな…」

(しのび)は主の動かぬ身体を労り、優しく抱き上げる。

「ああ…、痛かったでしょう…辛かったでしょう…」

久し振りの体温に、何故か覚える歯痒さ。

「………し…の……ぶ…?」

「…菖蒲様…!」

止め処なく溢れ出る泪、しかし復讐の色はない。

「手前が…!もう少し早く見つけていたら…!」

しのぶ…どうして泣いているのですか…、

最早言葉にならず、口も動かぬ。侍従はただ泣き噦る。

まあ、それでも良い…。突如訪れた安堵に、幼子は意識を手放した。

 

 

 

…冷たい。

優しく、重ねるだけの接吻、それは邸主自らの意志で。

しかし離され、後に残る名残惜しさ、抱き寄せたい衝動、せめて隠さねばならぬ。

「…菖蒲様、」

ただ胸に込み上げる苦しさは留まることなく。

 

「これを、契りの証に」

主は黒い手を取る。

「お前が、私より先に死なないことを」

…誓いなさい。

 

(しのび)の目は、再び見開かれる。

「…突然に何をおっしゃいます」

「最期まで、側にいてほしいのです」

またも貫かれ、侍従の瞳は揺らぐばかり。

「………」

「もう、これ以上の我が侭は言いませんから」

 

強く放たれる眼光に目が眩むよう。

…そんな約束を交わしてしまったら、もう、手の届かないように思えて。

何故か、泪が溢れた。

 

 

「……承知」

邸主は微笑んだ。

 

 

今、この瞬間を共に、生きる。

か弱い、守るべき貴方が、いなくなってしまう前に。

 

 

 

侍従の(しのび)も、つられて微笑んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

《補足説明》

・菖蒲様は虚勢されました。故の「痛かったでしょう」。