百花斉放、村崎継承歌 2-2

双眼はただ暗闇のみを映し、開いているやら閉じているやら見当もつかぬ。

相当にきつく締上げられ、しかし食い込む縄の感触すら届かない程に、意識は朦朧と彷徨うばかり。

すっかり枯れ果てた喉、その口を塞ぐものはないが、やはり声は出ない。

 

つめたい…さむい…、いたい…、

ちちうえ…ははうえ……、たすけて…、

 

薄寒さが、一糸纏わぬ、尚も重怠い身体に堪える。

身を起こすこともできず、転がったまま流れる生温い泪に髪が濡れ、なんとも心地悪い。

 

まだ…、しぬのは…いやです…、

 

年端のいかぬ幼子は脳内に響く警鐘、甘受できぬままに、その啼腫らした目を閉じた。

 

 

 

「……覚えていますか」

黒装束の腕に確と抱かれ、その胸に顔を埋め。

忌まわしき記憶は震える邸主の脳裏に甦り、心を蝕む。

 「もう嫌です…全て忘れてしまいたいのです…」

「菖蒲様、何故思い出す必要がありましょうか」

 慰藉も無意味、わかってはいるが、主の不安は払拭してやりたい。

しかし自分にできることといえばこのように抱締めるくらいのもの、然りとて紛らせようという逃口を盾に手を出したところで嗜虐に成り得るのみであろう、それだけは避けなければならない。

「手前はずっと、お側におります故、どうか、」

14年の時を経てまでも、不易に焼き付いた記憶がもどかしい。

 

「忍…、」

その泣き声はか細く、だが確かに、侍従の名を呼ぶ。

「…ほら、菖蒲様、今宵も月が綺麗ですよ」

刺激せぬよう声色は温柔に、加えてその手を取り、秋分の朱月を仰げと促す。

主は顔を上げ、濡れた頬に乗る朱色の面持ちを幾許か移ろわせたようだった。

  

「…気分を変えて、月見饅頭でも如何です、菖蒲様」

 無言で頷く邸主の泪を拭ってやると、

「…緑茶が飲みたい」

 次いで不機嫌そうに俯き、珍しくふてぶてしい物言いにて命を下す。

「…わかっております」

つい漏らした微苦笑も悟られつつ、邸の主の部屋を出る直前、主に笑いかける侍従。

「すぐに、戻りますから」

 

 

 

 

 

…閉じられた引戸を見つめ、ひとり肩を抱く。

城の長とはいえ、年も浅い。

何が面白くて、こんな私に仕えているのか。 

あの日のように、いつかは裏切られる時がくるのだろうか。

 

まあそれも無理はない。

私は、独りで城を纏められるような(たち)ではないのだから。

ましてや、子も授かれぬとなると…。

 

邸主は自らの危惧にすら困惑した。

忍、せめて貴方だけは、貴方にだけは…、 

 

 

「…まだ泣いておられたのですか」

宥めるような微笑声に呼び戻され、気付けば視界は装束の黒に染まる。

 

少食に合わせ食べきれるだけの量の菓子。

火傷しないよう丁度に計られた37度の茶。

 

朱月の秋夜、今宵だけ、侍従の優しさは主の胸を刺すばかりだった。