百花斉放、村崎継承歌 1-5

宵の口はまるで、紅炎の如く。

「…父上?」

どうにも堪え切れず、泪が溢れる。

このような見苦しい姿、見られてはならぬと、息子に背を向け端坐を保つ。

「……」

「父上…?」

…お前だけが、紅の生きた、証。 

 

「…菫丸」

震える声は痛みを隠しきれず、それでも尚、

「何でござるか、父上」 

悟ったのだろう、慰めるような語調で、息子は次の言葉を促す。思わずふっと笑みが零れた。 

…その労り癖もまた、母から受け継いだのだろうな。

 

「お前は母に、よく似ている」

はにかむような笑顔も、時折見せる真剣な眼差しも。

「今日は母の命日だ」

あの日から、20年が経った。 

「……」

拙者にはもう、お前しかいない。

 

「拙者より先に死ぬようなことは許さぬ。良いな…」

 

それだけ言い残し、父は泪を隠しながら主の元へ立ち去った。

 

 

 

一目だけ、一目だけでいい。

もう一度、たった一度で構わぬ。

其方に、会いたい。 

 

叶う事のない願い。

わかっている。

ただ、もう一度会えるなら。会えたなら…。

 

 

 

「紅はもう、いないのですよ…」

遠い國に、逃げたのかもしれない。

「目を覚ましなさい、蓮丸…」

拙者の知らぬどこかで、きっと生きているに違いない。

「蓮丸…」

そうだ、其方は悪戯が好きだった。あの奇襲も、冗談なのだろう?

「……」

ああ、この20年の間で、どれほど美しくなったことだろう。

早く、戻ってきてくれ。怒らないから…。

 

 

…刹那、視界が菊塵で埋め尽くされる。

「蓮丸。お紅は、死んだのですよ。もう戻ることはない。二度と」

邸主は紫の武士に、現実を突きつける。

か弱き主の、精一杯の抱擁。

「でも…、紅はまだ…」

「貴方はもう、紅には二度と会えない」

目を逸らさなければ、壊れてしまいそうだった。

しかし逃避したところで、何が変わる?

「もう、会えないのですよ…」

何度も繰り返し言い聞かせる。

武士は箍が外れたように、抑えていた泪を溢れさせた。

 

 

庭は紅葉に色づき、雨のにおいが鼻をつく。

主の袖はただ、武士の哀泪だけに濡れた。

 

 

 

 

「…母上」

村崎武家屋敷の軒下にて、亡き母に想いを馳せ。 

 

「綺麗でござろう?」

先日、紅葉狩りでひろった萩の葉を、天に透かし見る。

「父上が泣いておられるのは、初めて見たのでござるよ…」

萩の葉が、何故かじわじわと滲み、ぼやけた。

 

 

 

星空は紅く、だが優しく、静かに濡れる頬を照らした。