百花斉放、村崎継承歌 1-3

日は既に沈み、蒼味を帯びる月明かりが一武士を貫く。 

畳に端坐するその姿は父の面影をそのままに映し、心地良い夜風が頬を濡らした。

ここに居ると時折、思い返すのだ。

今は亡き母のことを。

 

ただ、その顔が思い出せぬ…。

 

 

 

あの日が戻ることはない。

 

主の御供のひとりとして、嫁を残し、城を後にする。

道中、突如咳き込む主の背をさすり、侍従の忍が覗けば美しきお顔を歪ませ、苦しげに噎せる。

自らの脚で歩きたいと言うが、なにせ御体の弱い邸主、これ以上の無理は毒と、最も年長き拙者が背負い歩く。

見上げた空には蒼白い月。軽口に今の貴方の様だと呟けば、侍従の視線が突き刺さる。

「村崎殿はやはり、色恋に浮かれておられるらしい」

しかし忍は揶揄するように、見えない口元を緩ませた。

「む…何を言うか!」

少々むきになりつつも、完全に否定できぬのが悔しいところ。

  

再び見上げた蒼い月、ふと妻だけが浮かび、微かに息を漏らした手前、主さえくすくすと笑うのだった。

 

 

 

……妾はここで、お腹の子と倶に貴方の帰りを待っております。

 

例え、たった三日の間でも、妾は待ち切れそうにありませぬ。

 

どうか、どうか御体にだけは気をつけなさって…。

 

 

 

「…もう、城に戻りたいのではありませんか?」

 囁かれた主の言葉に、はっとする。

 「…決して、そのようなことは…」

拙者とて、心配なのだ。もし、もし其方の身に何かあれば…。

「蓮丸、貴方はあの娘の強さを知っている筈。気に病むことはありません」

「貴方も、紅の美しさを知っておられるでしょう…」

  

言い終え、顔が熱くなる。どうやらまずいことを言ったらしい。

「………笑うな」

御供一行の暖かい視線を受け、その頬を一層朱に染めたのは良き思い出であった。

 

 

 

……ああ、其方は今、何をしていよう。

 

腹を痛め苦しんではいまいか。

 

拙者は無事だ。気丈に待っていて欲しい。

 

 

 

一晩中歩き通した道も、もうじき抜ける。

見上げれば、いつの間にか蒼月は紅日に代わっていた。